"Gibraltar" オーストラリアの360万坪の牧場から

オーストラリアの田舎にて牛を育てる日本人のブログ。日本では有り得ない日常や日々の生活、360万坪の牧場での出来事を記事にしています。 過去の記事は旧ブログでご確認下さい。 旧ブログアドレスhttp://s.ameblo.jp/gibraltarmasashi/ 

勝てないという事

こんにちは。

最近はGibraltar牧場のツイッターの更新に熱中し、ブログが疎か・・・。

今回は長文ですのでブログを更新してみました。

Gibraltar牧場のツイッターのフォローも是非お願いいたします。リンクは以下。

http://twitter.com/gibraltar_masa

 

さて、本題です。

 

2018年4月、ハングリータイガーを「テレビ東京 カンブリア宮殿」に取り上げて頂き、その際に当牧場にも撮影が入りました。

 

撮影が行われたのは、実際に放送があった2018年4月の2か月前の2018年2月初旬であり、ここオーストラリアは夏の終わりを迎えていました。

 

我々日本人に限らず「牧場」と聞いて想像した時に、真っ先に目に飛び込んでくるのは、広大な緑の敷地やサラサラと流れる澄んだ川。

遠路はるばる東京からお越し頂いたカンブリア宮殿の撮影スタッフのお二人が描いたピクチャーにもそのような牧場があったかもしれません。

 

ここオーストラリアの牧場の夏というのは非常に重要な季節であり、本来なら農業に関わる全ての人々が安心できる数か月になるはずなのですが、去年と今年は違いました。

 

気温の上昇と夏の雨を十分に吸収した牧草や作物はグングンと成長します。

緑の草が殆ど生えない寒い冬を耐えた家畜は、夏の栄養を口いっぱいに頬張り、緑の無くなる寒い冬に失ったものを取り戻すのに必死です。

動きの鈍くなった川も、夏のストームにより大量に流れ込む雨水を勢いよく下流に運び、全ての農家を潤します。

当Gibraltar牧場も、牧場内に約5kmほどの川があり、家畜や野生動物の飲み水も、我々の生活用水もその水を使用します。

 

「何とか撮影前に雨が降って、グリーンな牧場を撮影してもらいたいな」

「上流だけでも良いから雨が降って川が流れてくれないかな」

 

こんな会話をハングリータイガーの会長と撮影前に話していたのを覚えています。

 

あれから1年3か月、牧場の川は流れていません。

現在進行形でオーストラリアは深刻な雨不足、過去最悪の干ばつの真っただ中です。

 

牧場内の川は去年の11月に2週間だけ流れを取り戻しましたが、現在は、そこが川であった事を忘れてしまうほどです。

夏になると子供達が泳いでいた川の一番深くて広い場所、どんなに雨が降らなくても枯れる事が無いだろうと安心していたこの場所も今はこの有り様。

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川底からの撮影です。


牛の飲み水の為に作った牧場内の20数個の人工池も殆どが枯れてしまっている状況で、僅かに水が残った池は野生動物と家畜の水の奪い合いになっています。

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枯れた池


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私の記憶では、昨年の11月に60ミリの雨が降ったっきり、まともな雨は記憶にありません。

ですから、今年の夏も草が育たず、厳しい冬に牛に与える為の牧草を作ることが出来ませんでした。

牧場は半分砂漠のようになっており、緑の牧場とは遠くかけ離れた世界が目の前に広がっています。

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本当に草の無い牧草地


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山の木々は死に向かって歩き始めています。乾燥のせいなのか、大きな木もいたる所で倒れています。

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この大干ばつの影響は様々な被害をもたらしましたし、現在も進行中です。

 

【牛の死】

この牧場の牛は平均すると一頭450kgほどでしょうか。

冬や干ばつになり栄養のある草が減ると、体重はみるみる減っていきます。

体調を崩さない様に、乾燥牧草やサプリメント、予防接種など様々な事を行いますが、やはり自然の力には勝てずに、出産時に力尽きたり、体調を崩し死んでいく牛もいます。

牛は即死はしません。広い牧場の片隅でもがき、倒れたまま立ち上がれなくなる事が殆どで、そうなった場合は手遅れの事が多く、それらの牛は牧場主である私自身の手によって安楽死させます。

何度経験しても、絶対に慣れる事のない瞬間です。

 

【山火事】

極度の乾燥で、至る所で発生した山火事。

屋外での火気厳禁が続き、消防局のホームページには山火事のアップデートだらけ。

遂には牧場から40km離れた一番近い町で大規模な山火事が発生し、その焼失面積はなんと2億2千万坪にも及びました。

この面積は軽々と横浜市を全て焼き尽くす大きさで、この山火事の煙は40km離れた当牧場のも毎日のように届き、すぐ目の前の山が見えなくなるほどでした。

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牧場を覆った煙


町に買い物に行くとこんな光景が。

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【大洪水】

こんな大干ばつの最中、隣のQLD州の一部で大規模な洪水が発生し、50万頭の牛が犠牲になりました。その被害額は300億円とも言われています。

 

【エサ不足と価格の高騰】

去年と今年の干ばつが影響し、どこの農家でも牧草を生産できない状況が続いています。それにより牛に与えるエサの価格は高騰しています。

しかし、それを買わなければ牛は餓死します。

「では、牛を売れば?」

以下に続きます。

 

【牛の供給過多による価格の崩壊】

水がなければ牛は飼えません。エサが無ければ牛は飼えません。雨が降らなければ牧草は絶対に育ちません。人間はお金を得ないと生きていけません。

人々は極限まで雨を待ちましたが雨は降ってくれず、人々は諦めて牛を売る決断をします。

その考えの人はオーストラリア全土に居ます。私も同じです。

市場には捌ききれない数の牛があふれます。

牛の価格が下落します。大幅にです。皆様に言っても信じてもらえないようなとんでもない値段です。言葉は悪いですが、ごみの様な値段です。

 

【バランス】

上記でおかしな事が起きています。

牛が飼えない。飼うためにはエサが必要。エサが作れない。売りたくない。エサを探すも水がない。山火事で草が燃えてしまった。諦めて安価で売る。売ったお金では生活が出来ない。牛肉の価格は下がったか? いいえ。

 

【来年】

洪水で50万頭が死に、干ばつで物凄い数の牛が肉になりました。

さて、来年の出産シーズンにオーストラリアでは何頭の子牛が生まれるでしょうか?

産まれません。

食肉業者はそれでも牛肉を手に入れたい。

牛の価格は高騰します。

では、安価で牛を売ってしまった農家はどうやって再び牛を買いますか?

お金なんてありません。生活、税金に消えました。

 

【当牧場】

この干ばつを受けて、当牧場が受けた影響は酷いものでした。

 

・大幅な家畜の売却

当牧場には川があるため、最後の生命線である水はいつでもあるように思えました。しかし、それも無くなった為、昨年から今年に生まれた子牛ほぼ全頭、全体の70%の牛を売却。


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・妊娠への影響

通常最低でも80%ある牛の妊娠率が50%に低下。

獣医曰くこれは各地で発生しているらしく、牛の生産に大きな影響を与えています。

今年妊娠出来なかった牛が次に子供を出産するのは2年後になるため、非情ですが、どんな優秀だった母牛でも売りに出す事を決断しました。

 

・野生動物

広い敷地の牧場には野生動物(主にカンガルー)がたくさん住んでいます。

草食動物は家畜である牛だけではなく、カンガルーも同じです。

山で生活していた大量の野生草食動物が牧草地に草と水を求めて下山しており、僅かな草や水、庭の草まで食い荒らしています。

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・生活用水

牧場には水道が通っていないため、私たちの生活用水は雨水と、川の水です。

その生活用水も溜める事が出来ないため、タンクローリーで町から買うのですが、現在、町の水も危機にさらされているため供給も難しくなり始めています。

 

他にも様々な影響が至る所で発生しています。

夏を2年も牛なったオーストラリアはこれから冬になります。

一体この先どのようになってしまうのか。

相変わらず雨は降りません。


これが海や珊瑚礁やリゾート地で有名なオーストラリアの現実です。

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