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"Gibraltar" オーストラリアの360万坪の牧場から

オーストラリアの田舎にて牛を育てる日本人のブログ。日本では有り得ない日常や日々の生活、360万坪の牧場での出来事を記事にしています。 過去の記事は旧ブログでご確認下さい。 旧ブログアドレスhttp://s.ameblo.jp/gibraltarmasashi/ 

動物と人間

今回はちょっとだけ動物と人間について自分の考えを書いてみようと思います。

動物と人間がひとつの地球という星で生きています。動物は基本的には人間を襲いませんが(というより人間が危ない動物には近付きません)、人間は動物を捕まえて食べます。
それはシンプルに言って、人間が他の動物より総合的に強いからでしょう。

皆さんもご存知の通り、世間で動物愛護という言葉を耳にします。特に最近は以前より耳にする事が増えたのではないでしょうか?
僕の住むオーストラリアでは捕鯨の話は有名ですよね。

以前、自分のフェイスブックにも書いた事があるのですが、牧場にいる野ウサギが増えて、畑を荒らすので、ライフルで撃って食べた時の事。美味しい調理法は無いかとインターネットでウサギの調理法を調べようと探していると、幾つかのレシピの他に、ウサギを食べるのは残酷だという書き込みを多数目にしました。

さて、ここで僕は何を思ったかと言いますと、

「これらの書き込みをしている人達はいつも何を食べているのだろうか?」

と単純に思ったわけです。
というのも、ご存知の通り僕は牛を育てています。
いつも牛の事を考えて、牛との生活で泣き笑いします。健康に大きく育って欲しい、元気な子牛を生んでほしいといつも願い世話をしています。
牛の事も考えますが、人間の事も考えます。
美味しいと言われるお肉になって欲しいとも願いますし、時にはお金が無くなってきたから何頭売ろうかとも考えます。
これらの考えは人間が生きる為の健全な考えだと思っています。
これは牛を育てる人に限らず、米や野菜を育てる農家の方も同じ事だと思っています。

ウサギの話しに戻りますが、ウサギを食べるのは残酷だという理由は、ウサギが可愛らしい動物だからという理由が殆どじゃないでしょうか?
ある国では犬を食べます。これも犬を飼ってる方からすれば「残酷」になるのでしょう。
ただ、そこにはそれぞれの国の文化があります。その文化で育った人の食生活にケチをつける事は出来ません。日本人の食べる納豆も生魚も以前のユッケやレバ刺し、馬の肉など他の国の人からすれば信じられない食べ物かもしれません。しかし、それが日本人の食文化なので、外人から「オエッ、気持ち悪い」なんて言われても我々は「美味しいのに」って反論しますよね。

結局は人間を含む動物は生きなきゃいけないし、幸せにならなきゃいけない。
生きるには「食う」しかないんです。食うために働き、お腹が満たされ幸せになり、余ったお金で旅行や買い物をして幸せになる。
働く理由はまず食べる事から絶対に始まります。

僕は牛を育てています。しかし毎日のように牛肉を食べるし、ステーキは大好物。
でも、育ててる牛が出産で苦しめば助けに行くし、死んでしまえば泣きます。ここにいる400頭の牛は全て僕を知ってますし、僕も彼らを知っています。
他の人が犬やウサギをカワイイと思うように、僕も牛がカワイイです。でも、ステーキは好きです。

ウサギは草を食べます。草は生きてます。僕も草を育てます。それを牛にあげます。
草は土から栄養をどんどん吸います。それは生きる為です。
ウサギを食べるのは残酷だと言う人も、何かしらの物を食べて生きてます。それはプラスチックや鉄じゃなく、必ず生きていた物です。

こうやって、地球上の物は人間に限らず自分が生きる為に何かを殺して生きるのです。ウサギがダメなら僕が可愛がる牛も食べないでほしいし、お米農家が一生懸命に可愛がり作る米も食べられないはず。
ベジタリアンでもヴィーガンでも結局は食べる為に生きてるわけです。

自分が飢えたり、目の前で自分の子供が腹を空かせてたらペットだろうがドブネズミだろうが何でも食べますよ人間は。寒くて死にそうで凍死寸前なら家の壁を少しづつ剥がして燃やすでしょう。

残酷なのは、クジラやウサギがダメだって騒ぐのに、米も牛も野菜も平気で食べちゃう人達じゃないかなぁなんて思います。
人間が出来る事は、他の動物より優れた脳や感情があるのだから、どの様に自分達が飢えずに生きていかれるか、何に感謝するか時々考えて見る事だと思います。

無駄にはしてはいけません。お米も一粒残らず食べる事、夕食の残りは工夫して次の日食べる事。他人や食文化に口を挟む前に、そんな事から始めてみてはどうでしょうか。